阿波踊りの今後の課題

阿波踊り期間中には、毎年多くの観光客が徳島市を訪れる。しかし期間中の徳島市は宿泊施設が不足し、大半の観光客は22時半の演舞終了とともに徳島市を去ってしまうという(徳島県商工労働部観光戦略局観光企画課)。その例は以下のとおり。

京阪神方面からの観光客 - 大鳴門橋・明石海峡大橋経由でその日のうちに帰宅。
香川県・愛媛県方面からの観光客 - 高松自動車道・徳島自動車道〜松山自動車道経由でその日のうちに帰宅。また、伊予西条駅までは臨時特急「阿波踊り号」も利用できる。

その他の遠方からのツアー - 阿波踊りを見学後、その日のうちに香川県へ移動しそこで宿泊した後、翌日、讃岐うどんの有名店をめぐる。

このように「地元に金を落としていかない」観光客のあり方は、地元観光業界にとって悩みの種である。市内だけが便利すぎる交通設備を持ってしまったが故の皮肉な結果といえる。また近年、四国の高速道路網が充実しつつあるのも「すぐ来て、すぐ去る観光客」を生み出す遠因になっている。

たとえ宿泊施設を作ったとしても元々観光に対して積極的では無かった為にこの阿波踊りの時期以外に観光する場所や観光地の受け入れ態勢が少なく、普段から宿泊してもらえない為宿泊施設を維持できないという問題点もある。これは以前からの問題であったが、交通の便が良くなった事でより鮮明になったと言える。

2007年はさらにこの傾向が顕著に現れ盆が比較的平日寄りに重なったこともあり無料演舞場周りや市内周りのツアーが多数組まれたことから有料演舞場の多くで空席が目立ち、メインステージの1つである徳島市役所前の演舞場に至っては座席の殆どが埋まらないといった有様で「誰でもどこでも参加でき、観覧できる」という部分が完全に仇となった形となった。

一方で「やっこ踊り」等のように場所を取るが見せ場のある踊りは有料演舞場向けとも言え、今後有料演舞場の価値をどのように上げるかが課題となっている。

もともと有料演舞場については「誰でも好き勝手に踊っていたのがルーツなのに、どうして金を出してまで見る必要があるのか?」といった反対意見が今でもあり、街中で見る方が臨場感が高い事から徳島県民のほとんどは有料演舞場で見る習慣が無い。

ただ最近はチケットの販売箇所が増えた為、当日来た県外客がチケットを入手できず「見たくても見られない」状況では無くなっている。「街中と同じ踊りなのに、料金が高い」との声もあり、観客動員数を増やすには今後の鍵となりそうだ。

囃子 阿波踊りに用いられる楽器

鳴り物
阿波踊りに用いられる楽器は「鳴り物」と総称される。鳴り物は、踊り子の引き立て役として阿波踊りに欠かせない存在である。演舞場を通り抜ける際は、踊り子の後方にポジションをとる。基本的には以下の6つの楽器とその演奏者で構成される。近年の大学連などの少数連では鐘と太鼓が中心となっており、難易度の高い笛や三味線のようなメロディ部分が存在しないことも多い。また、尺八のような独自の楽器を取り入れる連も少なからず存在する。


主旋律を奏でる。通常、六本調子(Bb)か七本調子(B)を使用する。音域の種類により通称6、7、8と呼ばれる。一般に市販されている笛も優秀だが有名連には恩師的存在の個人笛士が作成する高価な笛が音域や響き音色全ての上で存在価値がある。Bb=6は、使用する有名連は多い。8は高い音域で人数が少ない場合重宝する。7は6と8の良いところを備えている。鳴り物の中では最も安価で手に入るが反面一番高価でもある。

難易度が高く、和楽器特有の音階であるために演奏者が減りつつある。またメロディもおなじみの阿波踊り旋律のほかに第9を交えたものや童謡のメロディを加えたもの、ローカルCMのメロディを混ぜたものなど近年バリエーションが増えつつある。一見ほぼ同じに聴こえる基本旋律の演奏も連によって微妙に異る。音域での高さは6、7、8で笛を交換するだけで瞬時で変わる。有名連の優秀な方は、すべての種類の音域を常時携帯する。リハビリを兼ねた操作としても注目をあびている。上記の記載内容でもわかるように購入時には6、7、8などの音域に注意が必用。裏面に穴がある、なしなどの種類もある。練習用にビニルパイプに穴をあけ1000円程度で口コミで販売される商品もある。

三味線
鳴り物の中では最前列で演奏する。近年では最も演奏が少なく、有名連以外でで見かけることがなくなってきている。徳島以外のテレビ番組で阿波踊りを表すメロディとして使われている旋律はこの三味線が奏でているメロディが殆どであり、本来主旋律として演奏している笛のメロディは全国的には知名度が低い。これはお鯉さんのような全国区でよしこのを奏でた人物が三味線で弾き語りを行ったことにも起因している。

なお三味線と笛の演奏が減りつつあることには和楽器全般に言えることであるが、特徴的な和音階であることやチューニングが困難であることのほかに「五線譜が存在しない」と言うことが最も大きいと演奏者は語っている。よって新人には和楽譜の読みを指導するのではなくある程度理解できる者の多い五線譜を製作し、配って指導していることも多い(譜面継承の為に五線譜作成を依頼することもあると言う)。

締太鼓
裏打ちのリズムが基本である。

大太鼓
重低音が踊り子や観客を高揚させる。その音は、演舞場から1km以上離れた場所でも聴こえる。重量は約10kg。締太鼓と大太鼓は基本的に和太鼓を用いるのが伝統的な形であるが、一部の大学連などでは資金などの関係上洋太鼓を使用している連も近年目立つようになった。


鳴り物の中では、最も難易度が高い。その為に演奏者は激減しており、三味線に次いで消えつつある鳴り物の1つとなっている。これもやはり譜面が特徴的な和楽譜であり、五線譜として起こされたものが殆ど存在しない。


指揮者の役目を果たす。周波数が高いために、とりわけ音色が目立つ。演奏者も少人数で済む。鐘を鳴らす棒は激しい演奏をするにもかかわらず細く折れやすいために、演奏者は常に予備を持ち歩いている。なお近年、一部の連では鐘を常に叩き続けるという演奏が目立っており本来の鐘の旋律が次第に失われつつある。基本的に全ての楽器の演奏が止み、鐘がゆっくりと3回鳴ることが演奏終了の合図である。

リズム
阿波踊りは2拍子で、テンポは、早い連、遅い連と様々である。これらが連の個性を演出する重要な要素となっている。もともと農耕民族の多かった日本において、阿波踊りのような騎馬民族型のリズムの舞踊は極めて珍しい。

阿波踊り 踊りの種類と衣装

男踊り
半天(法被)を着て踊る半天踊りと、男物の浴衣をしりからげに着て踊る浴衣踊りがある。
踊りの所作の振りは大きく時には勇猛に、時には滑稽に躍る。うちわや手ぬぐいなどを使っていることも多い。
なお、この男踊りを女性の踊り手や少女が踊る場合もある。

女踊り
女物の浴衣に網笠を深く被り、草履ではなく下駄を履くのが特徴。
艶っぽく、上品に踊るのが良いとされる。
一般の浴衣と異なりじゅばん、裾除け、手甲を付け黒繻子の半幅帯をお太鼓のように結ぶ場合が多い。
性同一性障害、性別変更可能、ジェンダーフリーの現在、男女関係なく、女踊りを踊ることも可能となっている。



その他
青少年は男踊り・女踊りのいずれをも踊っているが、どちらかと言えば男踊り(半天踊り)の方が多い。少女の女踊りは大人の女踊りの衣装を子供サイズに縮小しただけなので、妖艶さに可憐さを兼ね備えた印象をあたえる。
女役は厚化粧する場合が多い。
踊りの派生型として一人が凧を操る役、そしてもう一人がやっこ凧として操られる様を表現したアクロバティックな「やっこ踊り」があるが、淡路島には同踊りの原型がある。

阿波踊りでは一つの踊りのグループの事を「連」または「輦」と言う。

阿波踊りでは一つの踊りのグループの事を「連」または「輦」(どちらも読みは「れん」)と言う。
徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。もちろんいずれの協会にも属していない連もある。大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。

殆どの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波踊りの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。

基本的に「連長」「副連長」からなる幹部から結成されているが、踊りの良し悪しはあまり関係していないらしい。また演舞場まわりは基本的に連長が決めるものであるが、殆どの場合当日までどこの演舞場で踊るのかといった詳細ルートに関しては有料の演舞場や選抜踊り以外は全く決まっていないことも多いために当日になって移動中に踊り披露となったり、時間の空いた演舞場へ急遽飛び入りということも少なくない。

近年は阿波踊り期間中のお昼に郷土文化会館で行われる、「選抜阿波踊り」が有料で行われている。徳島市阿波おどり振興協会と徳島県阿波踊り協会の2協会から日替わりで毎日それぞれ3連ずつ出演し、舞台用の阿波踊りショーを魅せている。舞台なので光の演出などで街中とはまた違う楽しみがある。館内なので暑さもしのげる。暗くするので足元に注意。

徳島の阿波踊りには以上にみてきたような連が1000組(うち企業連が350前後)にも上るほど参加し、さらに街頭での参加者まで含めれば総参加者数は10万人にも上るといわれている。

2006年に徳島市の阿波踊りに参加した連の数は960であった。景気の回復によりそごうや三菱東京UFJ銀行等、復活する企業連が増えた。また、2007年には幸福の科学のような宗教団体の結成した連も一部では見られた。2008年は1000連、2009年は980連と報道にて集計。

阿波踊りの起源と名称

精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。

徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある。江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波踊りが禁止されていた時期もあった。その令を犯し、自宅で阿波踊りを行った家老がお家断絶になったという。また戦時中にも一時阿波踊りは禁止された。

阿波徳島超遊び!ガイド

阿波踊りという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。この名称は日本画家・林鼓浪が徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされる。

尚、徳島市や高円寺の阿波踊りではポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。 なお名称から徳島県阿波市が阿波踊りの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波踊りは行われるものの特別なことは特にない。

400年の歴史がある阿波踊り

阿波踊り(あわおどり)とは約400年の歴史があり、徳島県(旧・阿波国)内各地の市町村で開催される盆踊りである。なかでも徳島市の阿波踊りが県内最大規模で最も有名であり四国三大祭り、日本三大盆踊りのひとつに数えられる。また三大阿波踊りとして徳島、高円寺、南越谷の各阿波踊りが挙げられる。

三味線、太鼓、鉦(かね)、横笛などの2拍子の伴奏にのって踊り手の集団(「連」)が踊り歩く。 「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」と唄われるよしこので知られる。しかし、よしこのは大手の有名連以外はあまり使われず主に「ヤットサーヤットサー」という掛け声のほうが多用されている。

全国的には「えらいやっちゃ」が有名なため、「ヤットサー」の知名度はあまり高くない。企業連などではこのほか商品名や会社名が入った独自のかけ声が使われたり、「1かけ2かけ3かけて、しかけた踊りはやめられぬ。5かけ6かけ7かけて、やっぱり踊りはやめられない」と言ったものも使われている。また、「ワッショイ踊り」(後述)のような邪道踊りでは「ソレソレソレ…」等と言った単にやかましいだけやバカ騒ぎをするためだけのものも存在している。

近年は徳島以外でも各地(特に関東地方)で夏のイベントとして阿波踊りが催されており、徳島の阿波踊り連がその指導に当たっている。有名なものとして、高円寺(東京都杉並区)の商店街の青年部が町おこしとして、隣町の阿佐ヶ谷七夕祭りに対抗して、夏のイベント用に阿波踊りの様なものを導入しやがて都内在住の徳島県出身者から指導を受ける形で発展した「東京高円寺阿波おどり」がある。例年120万人程度の人出があり、ほぼ同時期に行われる浅草サンバカーニバルと共に、東京の代表的な夏祭りの1つである。現在は、商店街の手を離れてNPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会が主催している。

高円寺ほどの規模ではないが、毎年60万人程度の人出がある埼玉県の南越谷阿波踊りも有名である。前述のとおり、旅行誌やマスコミでは「徳島」「高円寺」「南越谷」を「日本三大阿波踊り」と呼んでいる。

この他、神奈川県大和市や相模原市東林間の阿波踊り等、全国各地で有名な阿波踊りがある。全国各地で行われている阿波踊りについては後述を参照。

また徳島県内の学校では体育祭や運動会などで「阿波踊り」を演目として採用している学校も多数あり、授業で阿波踊りを経験した地元住民も多数いる。地域住民の代表的な祭りである。


⇒阿波踊り


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